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従ってまた、このような世界では真実の意味での信仰など存在しないのである。なぜなら、信仰する主体そのものが存在しないからである。当事者たる本人が自分を見失っているのである。 また、自分を見失っているからこそ成り立つ世界なのである。また、そうした当事者たる本人の内面が無いところにしか成り立たない、そうした世界なのである。真実の意味での「信じるもの」、ないし信仰がないというのは、このことなのである。 もっと分かりやすく言えば、他人が見ていなければ、他人にバレさえしなければ、何をしても良いという考え方である。もしくは、そうした考えまでなくても、無意識の内にそれが習性になっている、そうした世界のことである。 |