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だからまた情緒は、様々な出来事やものを通して、自らを現わそうとするのであって、従ってまた、その現出といったものが、必ずしも同一の情緒の動きを表現しているとは限らないのである。 そうであるにも係わらず、神経や肉体の生理や記憶といったものは、それらを同じ情緒の動きとして表現するのである。 神経や生理は最適化された馴れた通路を通る。そしてこれが常時反復継続される。条件反射といったものがパターン化され、形式化・型式化され、馴れや習慣・習性として固定化されて行く。 そして符号化され、それだけが自らの情緒の動きを表現するものとして、自分の中で確信される。表情や仕草の習性といったものが、それだけで象徴化される。そしてこれが何らかの行為へのスイッチとして機能しているのである。 |