index< 日誌 < z自意識< 24d-41自分はだれか「バランス」p3 |
それらは本来、同じものなのであって、ただそれの見え方・感じ方・考え方の、見る側の都合と条件によって見え方が違ってきている、ということなのである。また、そうしたことは、歴史や社会関係を見る場合においても、そのまま言えることなのである。 情熱や意志、やる気といったものは、それらはどこまで行っても、当事者本人の一方的な行為や片思いに過ぎないのである。客観的なものになり得ないのである。 これが客観的でより普遍的な歴史と社会の現実になるには、それが客観的な現実でなければならない。すなわち、自己と他者が厳然と区別される境界線を持つ世界である。 それは、本人の意志とは何ら関係がない、また本人の意志や情熱といったものが介入する余地のない、自分の外の現実が決定する事柄だということである。 |