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感情といった場合、高揚と抑鬱だけではない。確かに情緒や生理、または気持ちの良し悪しや持ち様といった場合、大きいか小さいか、高いか低いかという意味で高揚と抑鬱、言い換えると、興奮か沈潜しかないと思える。 しかしそうではない。それ以外の、それとは別の、それ以前の感覚もある。おどろき、ためらい、戸惑うといった場面である。あるいは恐れおののき我を忘れるといった場面である。高揚か抑鬱以前のところで戸惑い困惑している状態である。 あるいは、怯(おび)えるといった場合の、その原因や相手といったものが未だ分からない場合である。しかし、仮にその原因や対象と相手が分かっているならば、高揚か抑鬱しかないのである。 |