index< 日誌 < ai原理 < 24E-31「必然の意識」p6


6、証明。

単に物的な肉体のみならず、むしろ精神的、あるいは種としての同一性といった意味でもそうなのである。そしてそれが実際に、どこかで切断されていると思えてくるのである。これは与えられた自分の肉体と、現実の環境の違いからきている。

自分が他人のように思えてくる。自分が自分でなくなってゆく。自分が、自分のタマシイだけが肉体から分離して消えてゆく、そう思えてくるのである。やはり、自分というのが、どこかで分裂しているのである。

しかしまた、このような自分が分裂しているということ自体が、またそうした自覚や自意識自体が、自分が自分であることを証明しているのである。

このような自分でもどうにもならない自分、逆らうことも逃げることも出来ずに、そうして自分の現実のすがたに拘束され続ける自分。しかしまた、これこそが自分なのであって、自分が自分を意識する自意識なのである。自分の中で自分が分裂していて、そして否応(いやおう)なしに自分で自分を意識せざるを得なくなっているのである。

戻る。             履歴へ


index< 日誌 < ai原理 < 24E-31「必然の意識」p6
2020-0210-0215