「異人種」
〜2、システム。
社会全体が共謀してグルになって、むりやり「悪者」を作り出している。これは偏見であるが、誤解ではない。文化に忠実な偏見なのである。これはシステムの型式であって、社会の不文律、もの言わぬ暗黙の共有感情なのである。そして、自分たちが拠って立つ存在の基盤なのである。社会全体が求める自分たちの存在理由なのである。従って、これに逆らう者は排除するしかないのである。 自分自身の中に反省する自己意識がなく、自分が見つけられず、とすれば、それは自分以外の他者にそれを探すしかなく、だとすれば、どうしても自分たちにとっての「ご主人様」が必要になる。「ご主人様」にそれを求めることになる。と同時に、自分にとっての踏み台、足の置き場がどうしても必要になる。 主人がいるのに自分より「下の者」がいないとなると、それは耐えられない。自分がなんのために生きているのかわからなくなる。自分というは際限のない卑しい者でしかないではないか。そうであるはずがない。だとすれば、あるいはそうであるためには、どうしても「下の者」、蔑むべき自分より「下の人間」がどうしても必要なのである。これが「上下関係」というシステムの完結したすがたである。そうやって、自分の居場所を確保し、自分の理由を正当化してゆくのである。 そうするしかなく、他に選択の余地などなく、そして、それがまた、この社会のシステムの要請なのである。このような社会では、このような生き方以外に存在し得ないのである。他の生き方などあり得ず、許されず、存続し得ないのである。その意味では、人間の生き方、感じ方、情緒や感性、そして感情といったものは、始めから方向づけられ、サダメられているのである。これは、自分ではどうにもならない「システム」の世界なのである。 |