「かべ」

〜3、裂け目。


それは、元をたどってゆけば、自分自身の蓄積されて来た肉体の情緒や感受性・感性といったもので、それらがバランスされ調和されて安らいでいる。そうした、自分の中にあって自分を支配している情緒といったもの、あるいはバランスされ調和された自分の中の世界といったものが、まやかしで偽(いつわ)りの、誰かに仕組まれたウソの世界のように思えてくるのである。

何もかもがにニセモノで実体のない空想だけの、カタチだけがあって中身がカラッポのウソの世界のように思えてくるのである。自分を包んでいる世界といったものが、おぼろげにかすんで見えて来て、何もかもが平板でカゲロウのように薄ぼんやりしていて、偽(いつわ)りの世界のように思えてくるのである。まるで夢の中を見ている感じである。

自分と世界との間に何かわけのわからない異質なものが入り込んできている。目に見える世界がかすんで見えてきて、揺らめいて、揺れ動き、軋(きし)んで、移ろいでいる。ときおり何か得体の知れない影のようなものが現れては消えてゆく。ぼやけて、ぼんやりしたまま意識が薄れてきて、何かはてしない届かないものを見ている。

空間が歪んで、張り裂けていって、その裂け目から誰かがこちらをのぞき込んでいる。そして、なにか訳のわからないことをブツブツとひとりごとの様につぶやいでいる。そして、それが何なのか自分でもわからないのである。言葉でもカタチでもない、それ以前の言葉にもカタチにもなる以前のものなのである。

もどる。             つづく。