「異人種」

〜11、断片。


それはカタチとしてではなく、なんらかの感じや気配、雰囲気として覚えているのに過ぎないのである。それは意識としてではなく、感覚のおぼろげな感じ方に過ぎないのであって、何かを連想し暗示するカタチなき印象の域を越えることがないのである。

それは対象の存在しない感覚の中だけの世界である。だからそれは相手も対象もなく、論理の筋道や脈絡もなく、ただたんに例えば気持ち良いとか悪いとか、怖いとか、なんとなく晴れやかな気分とか、楽しいとか、痛いとか、熱いとか、憂鬱な気分とか、・・・要するに、そうした感じや気分としてしか思いだせないのでる。実際の出来事や現実との関係がどこかで切断されたままなのである。

感覚が感覚だけで何かを感じ続けている。それは感情や意識とは全然別の、無意識の「情緒」とでもいうべきものであって、意識や感情とはまったく別の世界の出来事なのである。それは何かしらの「感じ」だけなのであって、その前後の脈絡も理由も曖昧なままで思いようもない、そうした世界なのである。「理由」自体が不要でなんら意味をもたない、そうした自分だけの感覚の中の世界なのである。

バラバラになった記憶のかすかな断片だけが何のつながりもなく無限に広がり、そしてまた、なにひとつ捉(とら)えどころがないのである。自分の中にあって自分とは別に作用し、自分を支配し続けている無意識の世界とはこのことなのである。

もどる。             つづく。