人間が生きている現実世界のなかで、その中でかくれて見えないままになっている、規則や合理性、法則性といったものを、意識のなかでイメージしてゆく。あるいはそれ以前に、無意識の世界で印象している。 そうした、主観的な感覚とか意識といったものが、自分の中で反射して映し出されたとき、それは客観的な精神として外の世界に投影される。そうやって世界を知ろうとするのである。そうなるしかないのである。そうすることによってのみ、精神は精神たり得るのである。精神は、そうすることによってのみ、自分自身をたしかめることができるのである。 それが、夢とか妄想であるのか、それとも自分と外の世界をつなぐ、ただ一つの現実であるのかどうか、というのは、自分が外へ出てたしめるしかないのである。自分のなかにいるだけでは、何もわからないのである。それは現実の中で、目に見えるカタチで見えて来なければならないものなのである。それは客観的に、だれにも見えるものでなければならないのである。 戻る。 続く。 |