< 見えないもの、


〜4「境界」


それは、日常と非日常、現実と非現実の裂け目、その境界の出入口のように思えてくる。それは異なる世界、自分自身がずっと避けてきて、またタブーとされてきた、見てはならない、現実のあちら側にある世界を垣間(かいま)見ているのである。

空間が歪んでいる。揺れて、軋(きし)んで、あえいでいる。ズレて、こすれて開いた傷口から、痛々しく滲んできて、あふれている。そしてただよい、つながってきて、人の嘆(なげ)きと苦しみのカタチとなって、見えてくる。もしかすると、人の姿ではなくて、それとは別の何か、なのかも知れない。よく思い出せないのである。イヤ、でもやはり、人のすがたなのだろう。嘆きとか苦しみは人間にしかないものなのである。

たしかに、確かにそうだ。なぜならそれは、たまには、ほんのたまには、それが、天使とか妖精、ないし、美しい女性の姿にも見えてくるからである。だからそれは、自己の心の奥底にある、意識されないもの、意識してはならないもの、意識されずにいる何かが、何かのキッカケで、何かの求めに応じて、再生され、めざめ、カタチとなって、意識の世界に映し出されているのである。

 
  戻る。               続く。