< 春カスミの世界。
〜3、「肌ざわり」
春の情景を特徴づける景色のすべてに、なにもかもが、 非常に薄いシロ色が混じる。シロ色とは、つまり、 水蒸気のことである。 それは景色というよりも、むしろ、情景といったものである。 外の世界の、見るもの、触れるもの、聞くもの、すべてに、 なにかしら人間の情緒に訴えるものが、ただよっている。 それが、空気の白(しろ)さなのである。景色全体に シロ色が混じっていて、それが春特有の情景といったものを カタチ作っている。 空気のシロさとは、空気中にただよう水分・水蒸気のことで、 それが目に見える景色を霞(かす)ませて、まるで世界全体を 弱い霧(きり)で包んだように見せている。地表面も、天空も、 地平線も、世界全体を包んでいる。そしてこの春カスミの、 空気の白さ、水分の潤いといったものが、また、人間の肌に 触れる空気の感触といったものを、おだやかで優しいものにしている。 穏(おだ)やかな陽ざしと、適度の気温と湿気が、 生命に優しいのである。そして、なごませ、開かせ、 導いているのである。それは夏の陽(ひ)ざしのような、 強烈で意志的な、有無を言わせぬような、 そんな強さではない。それとは違ってもっとおだやかで優しい、 そして自由で、のびのびした、だれにも、どこへも入り込んで ゆくような、そんな、すがすがしく大らかで優しげな陽ざしである。 |