< 象徴の世界
〜3、「指向性」
それがまた、現実の生きた世界というもので、それは、意識されることも、自覚されることもほとんどないが、まさにこのような肉体の仕組みとして人間は生きていて、そして、それを取り囲む自然環境の中で、それと一体となって人間は生きている。私たちは、そうした情緒の世界を生きているのである。 それは人間が生きている現実の自然環境であり、それに制約され方向づけられているのである。それはまた同時に、情緒とか感じ方といった、現実にその中で生きて機能している感覚や心情の、傾向や指向するところを、規制し方向づけているのである。 だからまた、何かを感じるといったこと、例えば、熱いとか、痛いとか、感じよいとか、気持ちよいとか。そうしたことが単に感覚の感じ方としてだけでなく、たのしいとか、落ち着くとか、あるいは、何の理由もないのに、うれしくなって来たり、わくわくウキウキしてきたり。 つまり、単なる感覚の感じ方といったものが、情緒や気分のあり方として、自分独自のリズムとしても感じられてくるのである。そしてこのような、心情や気分の心地良さ、安らぎといった指向性をもまた、無意識のうちに情緒が規制し条件づけ方向づけているのである。 それは人間の肉体と感覚がそれと意識することなく、自らが獲得してきたものなのである。そうやって、自分を保存し生き続けて来ることが出来たのである。 |