「心情」


〜3、犯罪。


それだけではない。例えば柔道の監督が強化合宿で、上司という立場、絶対に逆らえない「和」という、集団の世界の中でセクハラに執着する。日本には、日本特有のルールとマナー、すなわち「和の精神」というのがあって、目上の者には決して逆らえないのである。これは不文律・絶対的なオキテなのである。まして、女は男に対して、もっとそうなのである。

もちろん、それらすべてを計算した上で、犯行に及ぶのであるが、呑みたくない酒まで前もって飲んで。ちゃんと逃げ道を用意しておいてから、そういうことをする。何もかも計算済みなのである。日本では、平然と、白昼堂々と人間でないことをしても許される。社会が定めた無意識の型式(パターン)にさえ嵌(はま)っていれば、見逃される。

もちろん、セクハラされる女子は逆らえない。職場から追放される、村八分にされる、離職に追い込まれる、ゴハンを食べて行けない、子供を養えなくなる、しかしまた、だからこそ、それがわかっているからこそ、上司はすべて計算済みでそれを行うのである。

これは、文字通り、正真正銘ホントである。なぜなら、それは、そうした文化は、ケイレツ関係や消費者と販売者の関係にも見ることが出来るからである。イヤ、実はそれこそが日本社会全体のキマリ、オキテ、納まりだからである。どこでもそうなのである。それこそが、日本の文化そのものだからである。助け合いと、いたわりと思いやり、気遣いの文化なのである。そうやって群れて媚びて迎合して、自分の都合の悪いことは黙殺するのである。

もどる。              つづく。