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カスミの中に浮かぶ白い背景のなかで、遠くの景色がおぼろげにかすんで見える。これは、春の風景だ。春の景色は、遠くの山なみに白色が混じる。 それは春の空が薄く水蒸気を含んでいて、それで空気の色が白いのである。それが弱い霧(きり)となって、かすんで見えるのである。そしてこの白さ、カスミとなった水蒸気を押しのけるほどまでに、大気の温度は高くならないのである。。空は晴れていても、どこか白いカスミが世界を包んでいるのである。もちろん、このカスミも午後には、ほとんど消えている。大気の気温の上昇と連動しているのである。 また、春の大気は、コントラスト(明るさの濃淡)というのが、とても弱く、コントラストというよりも、色の鮮やかさが際立っている。風景全体が白色でかすんでいて、その中から色の鮮やかさだけが浮かび上がってくるのである。これもやはりカスミの影響である。こういうのは、他の季節にはない。 春の山々の景色は鮮やかで、空気にもしっとりした潤いがあって、優しくおだやかな感じである。それは日本では、春を意味している。たとえば、風景の色自体が生まれたての色なのである。というのは、色というのは生命の証であって、それは水の中から 出てくる。だから、白っぽい半透明のカスミの中から、色というのが、明るい澄んだ色となって出てくるのである。山や野原や川辺の緑と、色とりどりの草花の色がそうである。 カタチはふっくらしている。ふっくらというのは、枝葉とか草花というのが、生まれたてだからだ。誰もが、まだ、同じスタートラインにいるのだ。太陽の光やそして水も、誰に対しても公平で、等しく優しいのである。そういう色なのである。もちろん「カタチ」もそうである。 |