index < 日誌 < ak春< 「生理」p4/


 
3、ヨーロッパ。



そしてそれが、人間にとってのすべてであり、統合された一体性であり、歴史的にも失われることのない、同一であり続ける自己の根源といったもの。けっして失われることのない自己の必然性、存在の理由といったものなのである。そしてまた、それは、自分が自分であることに目ざめる場面なのである。そうやって、自分で自分に目ざめて、自分を確かめているのである。

ということは、たしかめることが出来なくなったとき、自分を見失う。何か別の原理とか根源を見つけ、探さなければならない。しかし、こうした場合でも自己は連続した、同一のものであり続けるのだろうか。

ヨーロッパの場合、民族というのは生成と消滅、分裂と統合をくりかえしている。歴史的にも地理的にもそうである。常に民族というのが変化し、移動し変質し続けている。混合と分裂・統合の繰り返しが通常の、普通の状態である。従って、民族精神、ないし
郷土精神といったものも、その拠り所となっているものが変化せざるを得ない。民族精神が象徴するモデルといったものが、変化して行く。

戻る。             続く。

index < 日誌 < ak春< 「生理」p4/