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4、ロボット。



自分自身の感覚、感じ方や情緒といったものが、何か勘違いされていて、作りもの、ニセモノの感覚が現実を支配して、求めやすくなっている。どちらが本当の感覚なのかわからなくなっている。もちろん、それを感じる本人にしてみれば、そんなことはどちらでも一向にかまわないのであるが。

しかし、どこかで自分が現実から切り離されて切断されている。感覚と肉体が切断されて、自分が誰かわからなくなっている。肉体から精神が切断されて追放された。どこかで自己の同一性が壊れている。自分で自分がわからなくなっている。自分が限りなく現実から離れて行く。

なにかを感じたとしても、それはカネもうけのための、意図的に、見せかけだけのために作り出されたものであって、本当の現実とは別の感覚である。自分が生きている現実の裏付けのない、理由も、根拠もない、形だけの表面的な感覚である。

中身がなく、外面だけで内面がなく、表面上の体裁だけの存在である。あるのは、感情の表面的な形だけであって、心の中というが何も見えて来ない。無いのかも知れない。あってもなくても良い、むしろ無い方がお互いにとって都合が良いのである。

自己意識というのが無いのだろうか?
自分の考え、自分の良心、けっして譲れない神聖不可侵の自己の精神の領域というのを持たないのだろうか。それとも、ただ知らないだけなのだろうか。ただ、外から刺激されて動くだけの、みずからの考えでけっして動くことのない、「人型ロボット」に過ぎないのだろうか。

戻る。              続く。

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