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うららかな陽気の下で、いつのまにか自分の神経というのが、勝手に肉体を離れてさ迷い出している。目を開いたままで、夢うつつの空想の世界を漂っている。 現実と自分の精神との間に、何かが入り込んできている。ぼんやりしていて、つかみどころのない、目には見えない透明な霧のようなものが世界全体を覆っていて、この見えない霧のようなものが、外の空気を支配していて、そしてそれが自由自在に人間をコントロールしている。人間の見かた、感じ方、考え方といったものを制約し、条件づけ、方向づけている。まるで仕組まれた舞台の上の出来事のように。 そうやって、だれにも気づかれることなく、意識されることもないままで、感情のあり方というのがカタチ作られてゆく。感情のリズム、抑揚、そして起伏などに現れてくる。いわゆる、情緒といったものである。それが、集団の中にあって、音色(ねいろ)となり、アンサンブルとなって、ひびき、コダマしてゆく。無意識の内にあって人間を支配している、これら感情とか情緒といったものを「空気」がぼんやりと包み込んでいる。そしてそれを、制約し、特徴づけ、方向づけている。 |
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