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9、風土。



こうした言わば、ゼロの状態から何かがめばえ、生まれて、形を整えて来るというのではない。それは、ただの偶然に過ぎないのであって、しかしまた果てしなく繰り返されるこの偶然がもたらした、必然の結果としてすがたを現わしたのである。

それは、人間の意思とはまったく無関係に、そうなるしかないもの、そうするしかなかったという、そうした偶然が、際限なく繰り返された末のすがたなのである。そしてそれが、すでにある現実のカタチとなり、意識されることのないまま、いつの間にか原理となってシステムとして定着したのである。すでに出来上がった事実となって行くのである。偶然の繰り返される「馴れ」といったものが、習慣や作法、そして自分たちが「信じる」といったものを作りだしている。

こうした偶然の、際限なく繰り返されるパターンや型いったものは、言い換えれば、これが現実に生きている人間の自然なすがたなのであって、地域的にも、時間的にも、特定され、限定される自然のあり方、すなわち、「風土」そのものなのである。

それは人間の側から見ると、人間が生きて行く条件や制約といったもので、避けることも、無視することもできない方向性として、あるいは、自分自身の存在の指向性として始めから条件づけられたものなのである。この世に生まれる前から、事前に設定されていたものなのである。


戻る。             続く。

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