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2、韓国。



たとえば韓国人ならば自分たちのことを中華、すなわち、世界の中心の延長、その一部分として意識してとらえている。たとえクチには出さなくても、ホンネはそうである。そのように捉(とら)えるしかないのである。もともと韓国(朝鮮)には何も無いのだから、そうやって自分を確かめるしかないのである。

しかしまた実際そうなのである。世界の華、「中国」とは中心であって、それ自体に何の文化を持ってはいない。それは中心を取り囲む周囲からの寄せ集めで成り立っているのである。日本で言えば東京のようなものである。日本の中から見ると東京に独自の文化がないのと同じである。

中華帝国は絶えざる異民族による王朝の交替の歴史なのである。その意味では朝鮮半島の方が、より中華の伝統を残していると言えないだろうか。そしてこれが半島に住む者にとっての精神の拠り所となっているのではないだろうか。

世界とはユーラシア大陸であり、その中心が中華であり、そして文化的には、それにもっとも近いところに位置するのが、自分たち朝鮮(韓国)なのである。中国、正確には、中国を征服した「北方遊牧民」に対して独立し得る可能性など始めからなく、軍事的にも文化的にもそうである。その必要もない。というよりも、朝鮮は中国から見ると、漢民族の最終的な避難場所だったのである。


戻る。            続く。

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