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だから、自分が今もっているイメージとか、思考とか、意識などといったことが全く通用しないのである。未知の世界なのである。だからまた、自分自身のことなのに理解も出来ず、知ることも出来ず、ただ困惑し茫然と立ちすくんでしまうのである。そして、それよりも恐ろしいのである。 恐ろしい。自分が自分でなくなる。自分の生き方や精神といったものが、別のものになってしまう。入れ替わって、自己を喪失する。自分の存在と精神を見失ってしまう。自分が誰かわからなくなる。こんな恐ろしいことが、他にないのである。 だからまた、そうしたことに気づくこと自体が非常に変わっていることで、それは本来、気づいてはならないことなのである。自己の精神の破壊を招くから。しかしまた、自分の心のなかの、このような関係性こそが本当の自分のものと言えるのであって、自分にしかないもの、自分の心の拠り所となっているものなのである。 なぜなら、それは自分自身のこと、自分のなかにしかないものだからである。かけがえのない、けっしてだれにも譲り渡せない自分の根拠、理由となっているからである。そしてまた、それが自分と他人を区別する示標であり、境界線そのものなのである。自分自身のタマシイがカタチとなって現れているのである。 |
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