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だから、これはルネッサンスである。自己の発掘、自己の復活と再生、そして自己の発見の領域であり、その現場なのである。そうした言わば、自分自身の根源にあるのが、冒頭で言った、暗い灰色のどっちつかずの世界、自分たちが捨てて来た世界、忘れられ、見失われていった世界なのである。 そしてこの、自己発掘の現場、領域といったものが、自分自身の感覚の限界が示す場所なのである。失われた記憶の世界なのである。曖昧で混沌としていて、どっちつかずの、暗い灰色の世界なのである。 感覚とその外の世界がまだ一体となっていて、未分離の世界。それはまた、自分にとって未知の感覚の領域でもある。それは自分の中に住む、もう一人の自分なのであって、得体の知れない、正体不明の異質な自分なのである。 自己の境界というのがハッキリせず、自己と他者とが互いに行き交い、同じものとして扱われている。そうした、意識の届かない、感覚だけで独立して作用している、純粋に感覚だけの世界なのである。意識など入ってくる余地がないのである。そうした、自分の感覚なのか、他人の感覚なのか限りなく不明な領域、そしてそれ以前の世界なのである。 |