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それしか知らず、それしか知りようがないのである。そしてこれが、そこに生きる者にとっての現実であり、世界なのである。そしてここから、それを前提にして、人間の意識や思考が生成されているのである。もちろん、根拠のない妄想や空想もまた、そうなのである。妄想と空想に素材を提供しているのは、結局のところ、この現実以外にないからである。 私たち人間は、このような日々の暮らしの中の、定められた「繰り返し」の世界を生きている。そして、その中から、それを基にして、観念の世界が組み立てられてゆくのである。感じ方、考え方、生き方がそうであり、そしてまた、それを基にして、現実の文明のシステムが生み出されてきたのである。 このようにして私たちは、現実の風景の中で、見える現実のそのカタチや模様のなかに、それとは本来別のものであるはずの意味や理由といったものを見ている。それは自分自身の観念の世界を見ているのである。 |
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