index< 日誌 < am種 < 19-039「観念の世界M普通の人」p7- |
そしてまた、いったんそうした自分の立場というのが認められると、それが自分にとっての自意識となるのであって、それが自分自身の生き方、支え、信じるものになるのであって、そしてまた、そこから離れることが出来なくなるのである。なぜなら、それが自分だからである。自分で自分の存在というのを否定できなくなるのである。 そして、これが普通の人々、大多数の人間、中間階層、人民大衆といったものなのである。普通(フツー)であることは、それ自体が大多数なのであって、また、多数派だからこそ普通であり得るのである。そして、ただそれだけで、もっとも安全で安心できる、そうした安定した階層なのである。 そしてまた、このような普通の一般大衆に基づいて世の中の何もかもが運営されているのである。俗に言う、民主主義がこれなのである。民主主義とは、すなわち大衆主義のことなのである。多数派による、多数派のための政治であり、システムなのである。 要するに、集団として群れて・媚びて・迎合するのである。そして内面的には、似せて・パクって・「なりすます」のである。 |