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そしてまた、このような自分の都合にあう、「見かた・見え方」しか人間には見えてこないのであるい。そしてこれが、人間にとっての現実世界の「見え方」なのである。人間にはそのようにしか見えないように出来ているのである。 これはつまり、要するに、システムなのである。もともとそのように関連づけられていて、パターン化され、定形化されているのである。文化も習慣も常識も、そして教育もまたそうなのである。いや、むしろこれこそが教育とシツケなのである。 それは、人間の側の必要と事情から現実を見ているのであって、それ以外のものは見る必要がなく、見えていても見えていなくてもどうでもよく、そしてどうでもよいものは忘れられてゆくのである。 要するに、人間の都合と必要から現実を見ていて、そうして現実と関係しているのであって、その範囲とその限りにおいて現実を見ているのである。それ以外はほとんど見えず、見る必要もなく、むしろ見えない方が好都合なのである。見えていても、見えているとは感じないように出来ているのである。それは気づいてはならないことなのである。 |
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