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だれもが自分たちの基準と、自分たちの世界を通して他の世界を見ている以上、それはそのようにしか見えないし、また、そのように見えてもくるのである。それは自分たちが、自分たちという現実を生きている以上、そうならざるを得ず、また、そうしてのみ見えてもくるものなのである。 つまり、「自分たち」という世界を通してのみ、自分たちでない世界というのが見えてもくる、ということなのである。そのようにしか見えないし、それ以外の見え方というのを知らないし、知ることもできないし、見えても来ないということなのである。 これはたとえば、今日私たちが見ている古代ギリシャやローマの民主制や自由といったものも、あるいは近代西洋の人権やプライバシーといったものも、現在を生きる私たちの都合と視点から見ているのに過ぎず、そして私たちには、そのようにしか見えないということなのである。 |