――イメージをカタチに(・Image)――
index(索引)<concept(概念)<ルネサンスへ<2012-0721-2 市
確かに、彼女の「ポーズ」は、不自然である。 このような姿勢で、長時間いる事は苦痛である。 まず、眼の中の瞳孔が、 焦点が定まらず遠くを見ている。 それは首も同じで、 胴体から、顔面だけが左を向いている。 このような姿勢で長時間いるのは、 不自然なのである。疲れるのである。 しかし、身体が視線の方向を向く事はない。 なぜなら、彼女自身がそれを拒んでいるからである。 彼女の右肩は後ろへ引いて落ちている。 それが彼女の重心の位置なのである。 それは、左に向いた上半身を、 右に戻す時の重心の位置である。 だからこれは、つかの間の一時の出来事なのである。 何かのハズミで何気なく振り向いたのである。 そしてこの時、不意に彼女の中にある、何かが照らされた。 普段は埋もれて消えていた何かが、 一瞬、表に現れ出たのである。 芸術家はこの瞬間を逃さない。とらえたのである。 それはきっと、心の中の世界である。 意識することもなく何かを見ている。 彼女の視線は曖昧で、どこか遠くを見ている。 そして瞳孔は、地上よりやや上を見ている。 現実から少し離れたものを見ている。 目を開いたまま、夢を見ているのだろうか? 見開かれた目、ふくよかな頬や唇(クチビル)。 それらが映し出す彼女の表情は、とても優しく穏やかである。 それは何か明確な意志とか、目的を持った表情ではない。 本能的で無意識な、自然に見開かれた表情なのである。 優しく穏やかに緩んできて、包みこみ、 そして開かれた、そうした表情である。 つぼみが咲いたばかりの、花のような美しさである。 いつ壊れるとも知れない、はかない美しさである。 それが、無意識の内にあって、 外へ向かって、チラリと垣間見せた瞬間である。 それは同時に、 この写真を見る者にとってみれば、 自分自身の心の奥底にあって、 決して見失ってはならない、美しさでもある。 そして、それがわかるということは、 彼女自身よりも、それを見る者の方が、 はるかに深刻で、より切実なのである。 |