( 市)ルネサンスへ<2015-1016 光の向こう側、
3:無意識の映像。
しかし、夢の中では、これと反対の見え方をすることもある。なによりも、自分がなにを見ていて、何を見ようとし、どのように見えているのか、自分でもわからない場合である。にもかかわらず、見えているし、気になるし、見なければと思えてくるのである。 それが何なのか、自分でもわからないのに、気になって仕方がないし、目をそらすことが出来ず、引き込まれ、吸い込まれてゆくのである。どこかで意識がさめていて、無意識のうちに何かを求め、願い、意図し、目指しているのである。 しかしそれが何なのか自分でもわからず、見つめ、問い続けているのである。そうするしかないのである。つまり、自分の中にある何かの衝動がイメージとなって表れ出ようとしてしているのであるが、自分でもその衝動が何なのか分からないのである。わからないからイメージになりようがないのであるが、それでも何らかのイメージを求めてさ迷い続けているのである。 だから、このような夢のなかでは、自分が何を見ているのか自分でもわからないのである。はじめそれは、人のカゲのようなものとして見える。そしてそれが誰なのかと気になり、目を見る。でもその目はいつも陰(カゲ)のなかにあって、いくら目をこらしても、よく見えず、結局だれかわからずに終わる。それが夢の中、自分の無意識の世界が作り出した映像である。 |