(  市)ルネサンスへ<2015-1120 「赤と白」



4:あいまいなコミュニケーション。


すべてがあいまいで、どっちつかずなのである。
そしてそれが最後に一つにまとまる。そしてその時には反対意見というのは、
ほとんどというよりも、まったくないのである。むしろ、反対意見というのが
絶対的に許されず、それが物言わぬ絶対的な「戒律」として
支配するのである。これが日本のタブー(禁)、暗黙の了解、シキタリ、
オキテ、サダメなのである。

こうしたあいまいさ、優柔不断、意志表示の不明瞭さ、
自分の考えというのを、そのままはっきり言わない。
もしかすると、本当に自分の考えというのを持たないのかも知れないし、
もともと、そういうのが無いのかも知れない。
いつでもどこでも、どんなときでも、周囲に向かってそれとなく暗示し、示唆し、
摩擦を起こさず、少しづつ、集団としての合意を取りまとめてゆく。
それは感情とか思考の、意志のぶつかり合いというよりも、
むしろより深いところにある情緒的な交流にによって、
最終的な意思決定がなされる。言葉でななくて、しぐさや雰囲気、
感情や情緒で、おたがいがコミュニケーションをしている。

例えば、論理的というか、理屈であらそったりしない。
そんなことをしても周囲のだれもがそっぽをむく。むしろ、
身振りとか仕草、目配せ、顔の表情などが、はるかに重要な意味をもつ。
ことばなどよりも、身ぶり素ぶりでもって、
お互いのコミュニケーションがはかられるのである。

 戻る。                 続く。

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