(  市)ルネサンスへ< 2016-0108 感覚。



5: 「領域」。


つまり、理性というのを全く無視している。
自分と、自分の周りの場の雰囲気だけでものごとが決められ、
それが、自分と周りの者すべてにとっての正義となっている。
そして、それを決定づけているのは、やはり、「情緒」である、
としか言いようがないのである。

それは、意識とか思考とは別のもので、
それ以前の感覚的なものである。意識とか思考を無視して、
感覚的な雰囲気だけで、ものごとを決め、判断し、そしてまた、
情緒的な快感にひたっている。そうやって、精神の安定と調和を
保(タモ)ち続けるのである。

そしてまた、そうした状態が、
自分たちの精神の最適化された理想の状態となっている。
まるで、学校の義務教育そのものである。個人というのが忘れられ、
見失われ、その痕跡さえも消えてしまっていて、抹殺されている。
まったく、気づかないうちに、実に手際よく、完璧に消し去れれている。

自分自身の自己というのが抹殺されいるので、
自己の精神の苦しみや苦痛、苦悩や悩みからも完全に
解放されている。従って、容易に自分を捨てる。
簡単に死ぬことが出来る。他人を殺すことだって平気でやれる。
そしてそれが正義であり幸福であると思えてくるのである。
完璧に自分を見失っていて、それこそが絶対的な正義であると
思い込んでいる。従ってまた、だからこそ、幸福なのである。

 戻る。                続く。
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