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自分のなかに、もともとそうした何らかの呼応するものが無ければ、破壊されるか、それとも自ら進んで解体して行くしかないのである。 それは、もともとの存在理由といったものが違うということなのであって、自己が解体され、自己というのが何か別の者にならない限り、現実の世界では継続し得ないし、生きて行けないということなのである。 こうしたことが限界であり、制約であり、自己というもののシステムであり、前提であり、自己と他者を区別する境界、そしてその成り立ちの条件なのである。 自己が自己たり得るのは、このような区別や境界、限界があるからなのである。そしてこれが民族、あるいは「種」という概念なのである。あるいは、そうしてこそ、このような概念が成り立つのである。 |
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