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2、自己目的化。


しかし、神と言っても、背後から見ると悪霊そのものだったりもするし、もしかすると神も悪霊も同じものなのかも知れない。これは自分と神とのかかわり方を言っているのであって、それを見る角度や視点、あるいは自分の都合や理由、さらにそれを求め願う必要から、悪霊でも神に見えて来るし、迫ってもくる。

これは、自分と神との関わり方なのであって、そうやって自分というのが、世界とつながり、関わり合っているのである。自分が心の中で信じるもの、または、信じてはならないものという意味でそうなのである。

そしてこれが、自分と世界との関わり方を決定しているのである。そうやって人間は、しつけられ、教えられ、行動し、意識し、習慣化して行くのである。そしてこれが常識となってゆくのである。



戻る。                   続く。


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