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それは、カタチを通して現れてくるし、そしてまた、カタチなき精神などないという考え方である。そして、そこから展開もされ、規定もされてくるのである。それは、自分自身と現実世界との関わり方を示している。 それは、より現実的な情緒や感情、あるいは肉体の生理作用や、筋肉の反射作用、骨髄反射、自律神経の無意識で不随意的な交感作用といったものも、そうなのである。 それは、精神が現実に現れたカタチなのであって、このような現実の肉体の表情や動き、仕草や習慣の中に、精神が現れているのである。精神は、それ自体にカタチを持たないのである。だからまた、このような自己のライフスタイルの中にそれが現れてきているのである。 また、カタチなき精神などあるはずもなく、また、カタチなきものに人間が何かを感じるワケもなく、人間は現実の見えるもの、カタチあるものを通してのみ、何かを知ることができるのである。精神は現実のカタチあるものを通してのみ、自らを表現し得るのである。 |
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