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16、いざない。


そうやって意識の届かない、無意識の情緒の世界の中で、自律した自己の精神が営まれているのである。しかしまた、そうである以上、このような身体の営みといったものは、自分の意図や目的とは無関係なものにならざるを得ない。

そしてそれ自体が、また、あらかじめ定められた方向や傾向といったものを、持たざるを得ないのである。そして、それがまた、自分の中で不思議で不可解な、自分が何かに導かれ誘われていると感じてしまう原因になっているのである。

そして、そうした不可解で不思議な捉(とら)えどころのない自分に、自分自身が戸惑い、ためらい、当惑しているのである。


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