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要するに、コトバ以前に他人の情緒や、気分や、雰囲気といったものを共有できるというのは、自分の身体というのが、他人と同じシステムを採用しているからである。この同じシステムでもって、それを感じているのであって、また、感じることが出来るのである。 あるいは、そのようにしか感じられないように、あらかじめ制約されているということである。こうしたことが様々な人間の間で、情緒や感情を共有できる下地になっており、そしてその条件になっているである。そしてそれに基づいて、その上に文化や人間関係というのが成り立っているのである。 |
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