index< 日誌 < af必然< 23-64肉体が求めるもの3「想定」p7



4、壊れた日常。


こうしたことが誇大妄想、錯視、誤認なのであって、またもしも何もないのにそれを見たというのなら、それは幻覚なのである。しかし、こうしたことは実はよくあることで、だれもが無意識の内にそのように感じてもいるし、また実際に行っていることなのである。

偶然の錯覚とはこのことであって、これを基にして印象やサイン、象徴といったものが自分の中で呼び起されているのである。フラッシュバックとでもいったものなのである。

そしてむしろ、こうしたことが抽象的な思考と自意識の出発点になっている。つまり、どこかで日常と常識といったものが切断されていて、そうした現実といったものがどこかで途切れて、めくれて、切断された世界なのである。

戻る。                続く。

index< 日誌 < af必然< 23-64肉体が求めるもの3「想定」p7