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こうしたことが否応(いやおう)なく自分をどこかへ導き、暗示し、方向づけている。このような方向性を持つ傾向といったものが、自分を特徴づけていて、自分が自分であることの理由であり、その印(しるし)ともなっている。 なぜか? 見える自分自身のすがたカタチは、それだけでは何の意味もなく、そうした現実のすがたカタチといったものは、時間の流れの中で始めて理由や必然性となって、自分に見えてくるからである。 それが現実の中で見えることの無かった、内なる原理として見えてくるからである。時間の経過に伴う変化の中で、始めてそのすがたカタチの本当の意味が見えてくるからである。これが、現実の中で見えることの無かった、それ自身の内的原理として見えてくるからである。 |