index< 日誌 < g自己分裂< 23b-94「時代の信仰」p11 |
これを現実の世界に例えれば、私たちが親からシツケられたり、学校で学んだり、他人から教わったり、あるいは本を読んだりして納得し理解するのと同じことである。そうして自分には理解できたと思えてくるのである。 また、そう思わないことには、まわりが許してくれないのである。先生も上司も国家も、そういう人間を認めてくれないのである。それは、そう思わなければならないし、そう信じなければならないものなのである。 そうして始めて、自分の居場所と立場と自意識が与えられるのである。この場合の自意識は、自分が獲得するのではなくて、他人から与えられ、授けられるものなのである。国民という立場がそれを与えてくれるのである。だから、それはどうあっても信じなければならないものなのである。 |