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それは結局のところ、自分自身の経験と記憶、そして自分がすでに知っている何かに合わせて判断して行くことになる。たとえ意識していなくても、あるいは意識の介入する余地のない、生理や神経の反射作用の世界においても、やはりそうなのである。 そうやって符号化されたルーチン(自動化)に従って、日常と化してゆくのである。日常の条件反射と化して行くのである。肉体がそれを覚えていて、肉体自身がそれを習慣化された自らの生活スタイルとしてこなしてゆくのである。 そして、これがまた、無意識の観念の世界の中で形式化、パターン化して行くのである。そうせざるを得ないのである。他の方法といったものを人間は知らないのである。知りようもないのである。 |