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これは何かを失くしたときとか、何かを思い出そうとしている、そうしたポーズなのである。また、何もなくても何かがなければならないとか、何かが足らないと感じたときにも、そうしたポーズをして自分で納得している。そうした自己了解と自己確認のポーズなのである。 そしてまた、すべてのポーズや表情といったものが多かれ少なかれ、このような自己了解のためのポーズなのである。そうして自分に納得し、安心し、これが本来の自分であると信じようとしているのである。信じなければならないのである。 これはポーズ以前に自意識の表明であり、自分が自分であろうとする自己確認の儀式であり象徴なのである。そうして自分に納得して安心しているのである。だからまた、それは自分にとってどうしても必要なことなのである。 |
戻る。 続く。
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2019-0513-0516