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7、儒教道徳。


自意識の中に個人という概念が無い以上、人権や人格、プライバシーなどと言っても、それはムリヤリ個人の中に取って付けた飾りでしかなく、それ自体が何か得体の知れない、怪しくいかがわしいものにならざるを得ないのである。

もともと自分の中に個人という概念がない以上、「人格」などという考え方入ってくる余地がないのである。人権などと言っても、それを受け入れる余地と下地となるものが、自分自身の自意識の中にもともと無いのである。

そうである以上、それは自分の外からムリヤリ取って付けた、訳の分からない正体不明のものにならざるを得ないのである。そしてこれが東アジア世界の特徴なのである。

それは集団的協調性と権威に対する盲目的従順性が支配する世界であって、そしてまたこれが正義であり美徳であると信じて疑わない、そうした儒教が支配する世界なのである。

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2019-0523-0526

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