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3、自分の都合。


実際にそうしたことは、自分で気づかないだけで日常的に普通に起こっている。誤認、錯覚、幻覚、誇大妄想といったものがそうである。また、夢の中の世界がそうである。そしてこの、誤認と幻覚との境界が限りなく曖昧で微妙なのである。

誤認を意識する自分と、それを意識出来ないでいる自分との境界線が限りなく曖昧なのである。なぜなら人間の感覚自体が何かしらの誤認と錯覚を含んでいるからである。

人間の感覚自体が、個人的な事情と主観に基づいたものだからである。それは、どこまで行っても個人的な偏見に過ぎないのである。個人的な心情や感情、そして必要や欲求といったものが、どうしても入ってくるからである。

だから、無いものまで見たと思えてくるし、それと似た別のものでも、そうだと思い込もうとする。そう信じるのが自分にとって都合が良いし、便利だからである。

戻る。                続く。

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2019-0609-0618