index< 日誌 < au錯覚< 24b-44思い込みG 「感覚の誤解」p7 |
何もないのに感覚自身が感覚内部で勝手に反応しているのである。そうであるはずだ、そうでなければならないと。そしてそれを信じていて、そうした自分の中の妄想に自分だけで勝手に反応しているのである。 何もないのに、何かあるはずだと思い込んでいて、それが自分の中で勝手に妄想の世界を作り出しているのである。そうして、自分でも納得し安心しているのである。 しかしこれは信じるとか思い込むという以前の、それ自体が感覚というシステムの仕組みなのである。これはシステム自体の勘違いであり、誤解であり、錯覚なのである。そのようにしか成れないという意味でそうなのである。 なぜなら、このような勘違いがなければ、システム自体が耐えられずに壊れてしまうからである。だからまた、そう思い込もうとするし、それを信じなければならないのである。ウソでも誤解であろうとも、そんなことはどうでも良いことなのである。 |