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しかしまた、それを信じることによって自分は救われるのである。自分が壊れることから逃れられるのである。現実を見ないで済むのである。だからまた、これは自分にして見ればどうしても必要なことなのである。 そしてまた、そうした自分を信じているし、信じなければならないのである。自分が置かれている状況と、そして自分の中の無意識の世界が、何よりもそれを求めているのである。だからまた、自分が自分であり続けるためには、それをどうしても現実のものと思い込もうとするのである。 そして、「信じる」というのは、このことなのである。そしてまた、「信じる」ことによって私たち人間は、現実の世界を生きて行くことが出来るのである。自分に対しても、また、まわりに対しても、生きることが許されるのである。 |