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3、タマシイの世界。

たとえば信仰や宗教がそうであり、そしてそれがまた、自分たちが信じてきたものを表現しているからに他ならないからである。だからそれは言葉ではなくて、意識でも思考でもなくて、より直接的で直感的で本能的な、何かしらの暗示や象徴として感じられてくるのである。

それは現実の世界に無いものなのである。自分自身の心の中にしかないもの、自分自身のタマシイの世界なのである。数千数万年に渡って伝えられ受け継がれてきた、自分たちの生き方や情緒の世界を見ているのである。

そしてこれが肉体の生理の世界なのである。自分の中にある、得体の知れない心拍の鼓動や抑揚する息吹きの中に、祖先の記憶の世界を感じていて、そしてそのタマシイの世界を見ているのである。

戻る。             続く。


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2018-1122-1206