index< 日誌 < aw色 < 24E-61「続、水色はなぜ水色に見えるのか」p5 |
しかし、それに気づくというのは、自分の中に何かを求める強い隠れた願望があるからである。自分でも気づかないまま探し求めて止まないものが、どこかにあるからである。潜在的な陰のようなものが常に自分の中にあって、それが背景となって自分をいざない導いて行くのである。 自分の日々の日常から少し、ほんの少し見上げたところに遥かな地平線が見える。ほんの少し胸が拡がり息を吸い込んでいる。目は見えない何かを見ようとしている。ほんの少し立ち止まり明日を見ようとしている。これがすなわち、自由であり、届くことのない永遠の世界なのである。 |