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だから、民族の信仰とか政治体制、生産の様式などといったものは、すこぶる個性的で特徴的なのであって、それは、その民族の「情緒」に深く根ざしたものと言える。 むしろ、それはまた、その民族特有の情緒のなかでのみ成り立ち、そして存在し得るものである。情緒が、それらすべての基底にあって、それらすべてを条件づけ、制約し、方向づけているのである。それは、持って生れた先天的な宿命とでもいったものである。あるいは、原理とでも言ったものなのである。 そして注意すべきは、そうした情緒といったものが、人間の精神の中にのみ孤立して存在するのではない、ということである。 精神と肉体、そして外的自然環境とが一体となって統合されたところに、情緒というのが成り立ち、存在しているということである。精神と肉体、そして自然環境とがバランスされ、それらが自分の中で調和されて、何かを求め移ろい流れているところに、始めて情緒というのが成り立つのである。 |