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13、予感。



何かの印象といったものが、偶然に何らかの記号によってスイッチされ、踊り出て来て映し出されるのである。そして、この「記号」が偶然の符号となって、象徴を呼び起こし、なにかを思い出させるのである。

それは何の変わり映えのしない退屈な日々の日常の、偶然の繋(つな)がりに過ぎなかったものが、何かを暗示し予感させるもののように思えてくる。、そしてまた同時に、このような現実の世界に、何らかの指向性や意味や必然性といったものを見ているのである。

あるいはまた、自分自身がそれを必要とし、それを求めているように思えてくるのである。むしろそれは、自分が求めているものなのである。だからこそ、自分でもそれが、何かが分からないにも拘(かか)わらず、まるで場違いな偶然の錯覚のよう思えてくるのである

戻る。            続く。


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