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3、心情的。


それは始め古代においては、色という概念自体が非常に曖昧で、ただ心情的なものに過ぎず、そしてそれは大したことでもなく、どうでもよい気分的なものだったのである。古代色がそうである。

そしてそれが必要に迫られて、形容詞としての伝統色になり、そして今日、より現実的な実情が切り離された、固有名詞としての様々な色として言い表されているのである。

しかしまたそれは、視覚としての色や模様としてだけでなく、五味の図表で示される味覚もそうであるし、緊急時や興奮時に身体内部から発せられた呼吸の動きや叫びといったものが、いつしか符号化し抽象化された言語となったのもそうである。あるいは、時間や数という概念自体もまたそうなのである。


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