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6、何をしてもよい。


だからまた、「自分たち」から離れて他人が見ていないところでは、どんな悪事でも平気で行うのである。何をしても許されるし正当化されると信じているのである。そして、そのように行動するのである。

正義とは、このような「自分たち」という自意識のことなのである。そもそも自分の中に自意識がないのだから、そうした自分に嫌悪や罪悪を感じることがないのである。感じることがないように出来ているのである。

「自分たち」の中に居る限り、自分は何をしても許されるのである。だからそれが「自分たち」なのであって、そこから抜け出るということがないのである。またそうである限り、自分で自分のタマシイを覗(のぞ)き込むといったことがないのである。

その必要も機会も場面もない世界なのである。たしかにそれは理解しがたい、考えにムリがあるように聞こえるが、実際の現実はそうなのである。世の中はそのようにして動いている。


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