index< 日誌 < z自意識 ag儒教< 22-42「交感T:、中世の人間関係」p7 |
生きて行くための収入の方法というのが、土地に基づく農産とその生産のための、上下の支配の関係なのである。特に東アジアがそうであった。固定し不変のまま千数百年続いたのである。そうして平和が維持され、社会の秩序とシステムが継続してきたのである。ここで人間が生きて行く方法としては、それ以外に無かったのである。 それ以外の生き方というのが、現実的にも地政学的にも制限されていて、むしろ不可能な世界なのである。従って、それ以外の考え方というのがあり得ず、あってもならず、またそれは許されない考え方だったのである。 意識や思考、それに習慣や常識、そしてタブーやオキテ、作法というのが、このような土台の上に成り立っているのである。あるいはまた、それを補強し完成するための条件として機能しているのである。 このようにして、全体としての自己のライフスタイルといったものが、限定され、絞られていって、そして特定してゆくのである。それはもちろん、自己の観念の世界においてもまた、このようにして、自己の自意識や同一性といったものが、それに合わせて、それを土台にして成立しているのである。 |